ポリネシア人の移動と交流はどのように行われた?ネイティヴハワイアンの経緯

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ギリシャ語で「多くの島々」という意味を「ポリネシア」は、太平洋諸島の中でハワイ・ニュージーランド・イースター島を結ぶ、一辺が約8000キロメートルの巨大なポリネシアン・トライアングルの内側に位置する島たちの総称とされています。

その中で、ハワイ・タヒチ・フィジーなどは日本人に人気の海外旅行先ですが、実際には他にも数多くの島々で構成されている場所です。

ポリネシア人の移動に大きく関係すると考えられる場所ですが、島同士でどのように交流は行われ、ネイティヴハワイアンはどこから来たのでしょう。

そこで、ポリネシア人の移動と交流、ネイティヴハワイアンの経緯について紹介していきます。

 

ポリネシア人の移動と交流

ポリネシア人は、どのように移動し、どうやって交流していたのでしょう。

もともとポリネシアのカヌーは、太平洋上を吹く貿易風上に向かっても、スムーズに航海できる構造です。

そのためサモアやトンガから東へと移動したポリネシア人が、タヒチ付近で他の太平洋の島々へと展開したと考えられていました。

しかし島々で出土された釣り針の形態から見ると、実際に分岐点となったのはタヒチではなくマルケサスで、そこからハワイへ移動した紀元後500~700年頃に移動した可能性があります。

その後、紀元後1000~1300年頃に、タヒチとハワイの間にダブルカヌーを使って交流したと考えられています。

なお、紀元後1000年以降にタヒチ付近から西へと移動した人は、ニュージーランドに住むマオリです。

 

ネイティヴハワイアンはどこからきたのか

ポリネシア人はアジアから移動してきたモンゴロイドです。

中国南東部や台湾付近から南へと移動した人たちが、フィリピンの島々を南下し太平洋の島々にたどり着いたという説が濃厚とされています。

トンガやサモアには3000年前に住んだいた人たちにより、ポリネシアの文化が育まれて広く太平洋へと拡散されたと考えられます。

この説は、太平洋でオーストロネシア語族が話されている地域とほぼ一致しています。

オーストロネシア語族で最も古い形は、台湾原住民の言語ではないかという説もあります。

ポリネシアは、東のイースター島、南のニュージーランド、北の台湾、西のマダガスカル島にまで及びます。

このエリアでオーストロネシア語族を話す地域と、アウトリガーカヌーの使用されている地域がほとんど一致しているといった研究結果もあるようです。

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